post_type:post/single.php

コラム(私の一言)

気候変動による化学事故の増加と欧米での情報共有  (若倉正英)

1.はじめに
 地球温暖化の進行により、これまでとは異なる産業災害が発生している1)。OECDを中心に自然災害に起因する産業災害(Natech:Natural-Hazard Triggered Technological Accidents)に関する情報の共有や解析が進んでいる。EUやフランスでは、気候変動に伴う化学事故データベースも公開されている2)
 本コラムでは気候変動による化学事故とその防止に関する欧米の動向を紹介する。

2.eNATECH(自然災害起因の化学事故)3)データベース
 EUではセベソ指令(化学災害の防止に関するEU理事会指令)に基づいて、加盟国がEUの定義に当てはまる事故をEU本部に報告することが定められている。EUの産業に関する研究機関(Joint Research Center)にあるMARB(Major Accident Bureau)がeMARS(Major Accident Reporting System)4)として約1200件の重大化学事故の情報を公開している。OECDによる情報共有の提案に応じて、産業技術総合研究所で構築する事故データベースRISCAD(リレーショナル化学災害データベース)5)や、次項で紹介するフランスの産業事故データベース(ARIA)も重大化学事故の情報を提供している。
 MARBでは収集された事故情報を活用して、設備の老朽化や自然災害に起因される産業災害の分析や対策の立案に活用している。最近の自然災害由来の産業事故の増加に対応し、OECDの化学安全ワーキンググループ(WGCA)とも連携して、気候変動に伴う化学品を取り扱う産業のリスクの分析や対策立案を目的に、eNATECHの運用を開始したとのことである。現在の収録件数は58件だが、事故原因となった現象や被害の種類、発生国、発生年、業種などでの検索が可能で、OECD加盟国の協力で事例の収集を図るとのことである。
 以下に最近の事例を紹介する。詳細はeNATECHのホームページを参照されたい。
①地滑りによる製油所やパイプラインの被害(2020年 エクアドル)
エクアドルのアマゾン流域の地滑りで製油所やパイプラインが破損したため、4000バレルの石油が流出し、アマゾン川下流の国へも汚染が広がった。
②洪水での製油所被害(2017年 イタリア)
大雨に伴う河川の氾濫で製油所から炭化水素油が流出し、周辺の住宅地域に流入したほか、水道配管にまで侵入した。
なお、日本での地震、津波に起因する産業火災(2011年)なども収録されている。

3.ARIA(フランス)データベースによる気候変動由来の産業事故について                                 
 フランス環境省危機管理局(BARPI)では教訓を含んだ(Lesson Learned)産業事故のデータベースARIA(Analysis, Research and Information on Accidents)6) を公開している。2021年現在、55,000件の事例が登録され、1000件の関連文献の閲覧が可能である。主としてフランス国内の事例であるが、海外の重大事故を含めて年間1500〜2000件が新規に登録されている。対象は法的な安全規制の対象となっている工場、倉庫、建設作業、採石場、鉄道、道路、河川/運河または海上での危険物の輸送、ガスの移送と使用、鉱山および地下貯蔵施設、堤防とダムなど幅広い事例が含まれている。多くはフランス語であるが、火災や爆発などの産業事故については英文化が進んでいる。
 ARIAによれば、フランスで発生した気候変動などによる産業災害(大雨や強風、暑熱など)は、2010年から2019年までの10年間で倍増したとのことであった7)
 ARIAのデータベースでは暑熱による事故が増加傾向にあり、最近10年間で56件が報告されている。事故の半数が廃棄物処理・リサイクル工程であった。多くは貯蔵施設などでの蓄熱火災で、廃棄物貯蔵では油脂やプラスチック、金属粉などの自己発熱しやすい物質が堆積され、外気温の上昇に伴って発熱速度が上昇して火災に至る可能性がある。日本でも廃棄物の貯蔵施設での火災は年々増加している。暑熱による工場火災では、エレクトロニクス工場でグリースを含侵したウエスが気温の上昇で蓄熱発火し、壁面を焼損した例などがある。
その他の事例では、洪水で物流倉庫の変電施設への浸水で物流機能が停止し、物損と合わせて1億ユーロ以上の損害となった。
 2018年には寒冷による事故が全体の半数を占めていた。2018年はヨーロッパ、アメリカが寒波にみまわれ、フランスではアルプス地方での雪崩の発生増大や、南仏の降雪など従来にない状況となったとのことである。急激な気温の低下によるパイプラインのひび割れや破損、危険物質輸送施設の損傷リスクが指摘された。また、想定を超える降雪での建物の損壊や産業施設へのアクセスが制限されることによる、経済的損失も発生したとのことであった。

4.米国の取り組み
 米国では2017年にハリケーンに伴う大規模停電で、化学工場の過酸化物貯蔵庫の冷却機能が停止して過酸化物が分解爆発した。工場で火災が発生して多くの市民が避難したことから、CSB(US Chemical Safety and Hazard Investigation Board)8)が政府機関として事故調査を行い、事故報告書ならびに教訓ビデオを公開している。
 CSBによる調査に基づいてCCPS(Center for Chemical Process Safety アメリカ化学工学者協会)が「Assessment of Planning for Natural Hazards」と題するガイダンス9)を作成し、自然災害による化学プロセスのリスクや安全対策、緊急計画に関する情報を提供している。

(参考文献、情報)
1)伊藤東他,「外部要因による事故・災害への対応」,安全工学,Vol.60,pp. 160(2021)
2)若倉正英,「気候変動に起因する産業災害について」,高圧ガス,Vol59.pp. 169(2022)
3) https://enatech.jrc.ec.europa.eu/view/natech/6
4) https://emars.jrc.ec.europa.eu/en/emars/content
5) https://riscad.db.aist.go.jp/ (2022年3月現在 システムメンテナンス中) 
6) https://www.aria.developpement-durable.gouv.fr
7) Aurélie Baraer,Loss Prevention Bulletin, pp.277, February, 2021
8) https://www.csb.gov/
9) https://www.aiche.org/sites/default/files/html/536181/NaturalDisaster-CPSmonograph.html


図1 気候変動に起因する災害の発生件数(2010〜2019)9)

 図2 事故原因となった自然現象(2010〜2019)9)

保安力向上センター