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コラム(私の一言)

保安力向上における産業界の自主的活動について(若倉正英/保安力向上センター 常務理事)

(「安全工学」誌 vol.4, No.4, pp220 「安全への提言」より転載)
製造産業では設備の高度化や複雑化が進行し、また、化学プラントや製鉄といった基幹産業での設備の老朽化、地震や津波、大雨といった自然災害による産業事故リスクの増大など、新たな安全上の課題が生じている。また、化学産業は様々な新規物質の開発に挑戦することで、医療やエネルギーなど様々な分野で活用され、快適で健康的な生活に寄与している。一方、新規の技術開発は新たな事故リスクを生む可能性があり、技術開発と安全は不可分の関係にある。このような状況を背景に、事業者が自ら安全を維持向上させることの重要性の理解が浸透しつつある。保安力評価のインタビューを通しても、製造業の経営層には自社の安全に基づく生産活動が、社会全体の安全安心、そして快適な生活に寄与するとの認識が深まっているように感じられる。
自主的な保安力向上の進捗を目的として、安全工学会が経済産業省から受託した保安対策事業(ヒューマンファクターを考慮した事業者の保安力評価に関する調査研究2006年-2011年)は、保安力評価システムとして結実した。2013年には石油化学各社からの支援を受け、安全工学会保安力向上センターとして保安力評価を開始し、2018年4月には特定非営利活動法人として活動を進めている。
保安力向上センター(以下センター)の活動への支援や産業界の保安力向上に貢献頂いている法人正会員は石油精製、石油化学、化学、製鉄、環境事業(廃棄物/リサイクル)など業種が拡大しており、保安力評価の受診を目的に加入されている賛助会員は化学、石油備蓄、環境事業、道路輸送など多岐にわたっている。
センターでは、当面以下の課題に関する検討を始めている。
 ①中堅規模の化学会社などの保安力向上支援
 ②保安力の弱みの改善支援
 ③保安力評価結果と安全成績との関連性検証
 ④国際的な連携の強化
中堅化学会社は安全専門家が少なく、操業の安全に不安を感じていることが少なくない。一方、それらの中堅企業では、安全を進めるための人・予算の不足をはじめ様々な要因から、保安力評価をそのまま適用することが難しいと思われる。今後、業界団体等とも連携し、保安力評価の仕組みの効果的な活用について検討する。
保安力評価を受診した事業所から、弱みの改善支援を要請されることが少なくない。そこで、会員各社の安全に対する良好な取り組み事例を収集整理し、改善に活用できる参考事例集の整備を進めている。これらの参考事例は会員間で活用するだけではなく、会員の了解を得られた事例については公開し、産業界全体の安全レベルの向上に役立てることを目指している。
保安力の評価は、安全基盤93項目、安全文化60項目を5段階評価する。評価結果の効果的な活用には、項目間の関連性や安全への関与の深さなどの検証も必要である。そこで、会員に事故やトラブル情報の提供をお願いし、得られた情報の石油化学工業協会のプロセス安全測定基準(米国CCPS:Risk-Based Process Safety Indicators)の利用、事故事例の分析などから項目の重み付けを検討する予定である。
国内企業の多くが、海外の生産拠点の強化を進めており、石油化学では海外生産が50%程度を占めており、海外工場の保安力評価の活用への要望も少なくない。また、経済産業省は、産業界と連携してアジア地域の保安力向上への支援を進めており、保安力評価の活用の期待もある。一方、安全文化は国民性や、社会システムなどにより一様ではなく、それぞれの国の状況を把握に基づいて、アジア諸国の保安力向上支援の取り組みを検討している。

保安力向上センター